アメリカの雑誌「タイム」は、世界に最も影響を与えた「ことしの人」に地球温暖化対策を訴える16歳の活動家、グレタ・トゥーンベリさんを選びました。彼女の影響からか、欧州では環境について取り組む企業や個人も増え、ドイツでは排出量の多い飛行機の運賃は同4月から割高になる見通しです。一方長距離の鉄道運賃が約1割安くなるそうです。政府の包括的な温暖化対策の一環で、二酸化炭素(CO2)排出量の少ない鉄道の運賃を下げ、利用増に拍車を掛けたい考えとのこと。。
そんな飛行機ですが、ハイブリッドカーや電気自動車が一般的な存在になるにつれて、「将来的には飛行機も電力で動くのか?」と疑問に思う人も多いはず。イギリス・ラフバラー大学の応用空気力学研究者であるダンカン・ウォーカー氏が、2019年時点における電気飛行機の現状や、その未来について解説しています。
現実で使うのはまだ先になりそう
ウォーカー氏は「これは複雑な問題であり、サイズが重要となります」と指摘。すでに小型の飛行機においては電気を動力として用いることが可能であり、実際に電気飛行機による飛行実験も行われています。ウォーカー氏も、今後数年以内に小型の電気飛行機が市場に出回る可能性があると認めていますが、より多くの人が利用している大型航空機の場合は、小型航空機と同様に考えることはできないとのこと。
飛行機の動力は、ガソリン・エンジン、ガスタービン系のエンジンなどあるが、いずれも、空気圧縮機で圧縮して高温・高圧にした空気に燃料(ケロシン、つまり灯油)を噴射して燃焼させる。そして発生した排気ガスのエネルギーを使ってタービンを回していますので、排気ガス=Co2の排出量は莫大とされています。
エネルギー密度の問題
大型航空機の電化にとって大きな障壁となっているのは推進システムではなく、エネルギー密度の問題です。エネルギー密度は、単位はWhで、一定のパワー(電力)で何時間もつか、または1時間で使い切るようなパワー値はいくらかということを表していますが、航空機に使用されるジェット燃料のエネルギー密度は最新のリチウムイオンバッテリーのなんと30倍にも達するとのこと。そのため、ジェット燃料をそのまま同じ体積のリチウムイオンバッテリーに置き換えても、飛行に必要なだけのエネルギーが供給できないという問題が発生します。
たとえば世界最大の旅客機であるエアバスA380は、1回の飛行で600人の乗客および貨物を乗せて1万5000kmもの距離を飛行することができます。しかし、エアバスA380の燃料をそのままバッテリーに置き換えると、わずか1000km強しか飛ぶことができない計算になるとウォーカー氏は指摘。たとえ、全ての乗客と貨物までバッテリーに置き換えたとしても、航続距離は2000km弱にしか伸びないそうです。従来の航続距離を保とうとしてバッテリーの体積を30倍に増やしても、今度は重すぎて離陸することができなくなってしまうとのこと。
既存の大型旅客機において、離陸時の重量のうち半分が燃料によって占められているため、この重量と航続距離のトレードオフは長距離フライトにとって問題となります。さらに、通常の航空機ではジェット燃料が消費されるにつれて機体の重量も減りますが、電動航空機ではバッテリーの重さがほとんど変化しないため、最初から最後まで同じ重量で飛び続けなくてはなりません。
大型旅客機における電化が難しい一方で、全体の重量に占める燃料の割合が10~20%程度である5~10人乗りの小型航空機においては、比較的電動が実用化しやすいとのこと。既存の燃料をそのままバッテリーに置き換えるとやはり航続距離が短くなってしまいますが、たとえば乗客用のスペースを2~3人分減らしてバッテリーにすることで、従来の燃料で1000kmほど飛行する航空機を500~750kmほど飛行させることが可能だとウォーカー氏は述べています。
すでにイスラエルのEviationというスタートアップは、「Alice(アリス)」という名称の電動小型航空機を発表しています。アリスでは単にジェット燃料をバッテリーに交換するだけではなく、推進システムを機体に統合するといった設計コンセプトの革新も行ってるとのこと。2022年の就航予定時には、1000kmの航続距離で9人の乗客を運ぶことを可能にしているそうです。
アリスは依然として小型航空機の短距離飛行にのみ焦点を当てていますが、さらに電気飛行機を進化させる1つの可能性として、ウォーカー氏は「リチウム空気バッテリー」の存在を挙げています。リチウム空気バッテリーは空気中の酸素を正極活物質として充放電可能なバッテリーであり、理論的にはジェット燃料と同じエネルギー密度を達成可能。しかし、記事作成時点では実験段階に過ぎず、将来の航空機に搭載される見通しは立っていません。
他にも航空ベンチャーのキティ・ホーク(Kitty Hawk)社は、一人乗りの小型電動飛行機「Flyer」のデモ飛行を披露しています。このキティ・ホークは空飛ぶタクシーなどを開発しており、またグーグル親会社のアルファベットでCEOを務めるラリー・ペイジ氏が出資していることでも知られています。Flyerは左右に合計10個、長さ1mの電動ローターを装備し、機体サイズは2.4×3.9m。飛行時間は約20分で、高度0.9〜3mを時速32kmで飛行できます。操縦は簡単で航空機のライセンスも必要ないと説明されていますが、そのあたりの運用は国によって異なることでしょう。
最初はハイブリッドが無難か?
リチウム空気バッテリーは実用化にほど遠いといえますが、より現実的な別の選択肢として挙げられるのが、既存のジェット燃料を用いたターボファンエンジン推進システムと電気推進システムを組み合わせたハイブリッド航空機です。このアイデアは、エアバス、ロールスロイス、シーメンスが協力して開発している、ハイブリッド電動推進システムの実証機「E-Fan X」で追求されています。
他にはエアバス・ディフェンス&スペース社の実験機「ゼファー」みたいに、太陽電池を併用する機体もある。ただし太陽電池だけだと日が暮れたら飛べなくなってしまうので、蓄電池を一緒に搭載する必要がある。昼間は太陽電池で飛びつつ蓄電池を充電しておいて、夜間は蓄電池を使うわけです。
E-Fan Xプロジェクトでは、通常は約100人が搭乗可能なジェット旅客機のBAe 146を使用して、4つのターボファンエンジンのうち1つを、電動モーターで駆動する推進ファンに換装する計画が進められています。エアバスはハイブリッド航空機の技術を2030年代までに実用化し、100人乗り程度の旅客機で実用化したいと述べています。
また、バッテリー面での改良以外にも、アメリカ航空宇宙局(NASA)は従来の航空機よりも効率的な、翼と胴体を一体的に設計した「ブレンデッドウィングボディ」のアイデアを提唱しています。ブレンデッドウィングボディの実用化には大規模な設計変更が必要となる上に技術的な課題も多いため、大手航空機メーカーは積極的に実現を追求していませんが、ウォーカー氏によればブレンデッドウィングボディは航空機のエネルギー消費量を20%も削減できるとのこと。
徐々に改良するしかない
結局のところ、既存のジェット燃料ターボファンエンジンに取って代わる実用的な技術は、存在しないとウォーカー氏は述べています。このため、主要な航空機メーカーはエンジン技術の改善に多額の投資を行っているそうで、航空各社が今後10年間で航空技術開発に行う投資は、なんと1.3兆ドル(約140兆円)にも上ると予測されているとのこと。
たとえば、ロールスロイスの最新エンジンであるロールス・ロイス トレント XWBは、「世界で最も効率的な大型航空機エンジン」といわれています。ロールス・ロイス トレント XWBを搭載したエアバスA350 XWBは、「前世代の航空機と比較して運用コスト、燃料消費量、二酸化炭素排出量を25%削減した」とのことで、航空各社は既存のジェットエンジン技術を改良しつつ、二酸化炭素排出量の削減を目指しているとウォーカー氏は述べました。
参照:https://theconversation.com/electric-planes-are-here-but-they-wont-solve-flyings-co-problem-125900