仏大統領、レバノンは今変わらなければ再び内戦・内乱が起こる可能性を示唆

仏大統領、レバノンは今変わらなければ再び内戦・内乱が起こる可能性を示唆
2020年8月29日 PLUES
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フランス政府は、致命的なベイルート爆破に続いて改革を実施するための新政府の形成が進展していないことに焦りを感じているようです。

フランスのエマニュエル・マクロン大統領は、フランスのジャンイブルドリアン外相と共に、2020年8月6日にベイルートにある港で発生した爆発事故の現場を訪れます。そして、この事故と同時に対処すべきコロナウィルスの脅威を放置すれば、レバノンが再び内戦内乱状態に陥る危険があると警告しました。

参照はイスラエルの著名なジャーナリストであるデービッド・ホロビッツが編集するネット・サイトの『タイムズ・オブ・イスラエル』から、Macron warns Lebanon risks new civil war if not helpedです。

マクロン大統領は、8月に181人が亡くなった爆発事故をきっかけに、レバノンの指導者たちに抜本的な改革を行うよう圧力をかける準備をしていると語りました。
「レバノンをこのまま堕落した組織や人物に任せれば、それは内戦になるだろう」、そして「レバノンのアイデンティティーそのものの敗北」だとマクロン大統領は語っています。

爆発事故への対応について新政府の形成および対処が進展していないことに焦りを感じているようです。

多くのレバノン人は、1975年から1990年の内戦以来、縁故主義、汚職、そして怠慢で国は弱り、政府および支配階級を非難しました。

マクロン大統領は、キリスト教徒、スンニ派イスラム教徒、シーア派が住む国の「Confession system」について語った。
Confession systemとは、宗教と政治が適切に混合された政府のシステムで、それは通常、特定の宗教に一定の権力を持たせる機構となります。レバノンの場合は、政府のすべての役職と立法府の議席は、政治的合意に従って、さまざまな宗教グループに権力を割り当てて均衡を保っています。

しかし、このシステムがより動きを遅くし、改革を実行することがほとんど不可能である状況につながったとマクロン大統領は語ります。マクロン大統領、レバノンへの干渉についてはフランスの立場は「妨害することなく要求する=“demanding without interfering”」という方針で進めると主張し、レバノン国内の政治腐敗防止法やエネルギー部門、銀行システムの改革を待望していると話します。

「これをしなければ、レバノンの経済は崩壊します」そして「唯一の犠牲者はレバノンの人々でしょう」と警告しました。

彼は、中東における「宗教の平和的な可能性の共存」と「教育と文化」に基づく多元主義システムの「おそらく最後の既存の形態の1つである」とレバノンのConfession systemを称賛しました。

レバノンの基本情報

首都ベイルート、アラブ人(95%),アルメニア人(4%),その他(1%)の人口構成、アラビア語(仏語及び英語が通用)、フランスとのつながりについては、1920年に仏の委託統治領となり、1943年にフランスから独立しています。

政治の動きとしては、2019年10月に増税措置等への反対を契機とする大規模な反政府デモがベイルートなどのレバノン各地で発生しています。抗議内容は次第に増税反対から現在の政治体制への抗議や汚職の根絶等を要求する内容に変化し,デモ参加者たちは現在のハッサン・ディアブ新内閣の成立まで至らせています。

レバノン内戦について

1943年にフランス委任統治領からレバノンが独立したが、民族的、宗教的に複雑で、キリスト教系とイスラーム教徒の争いが絶えなかった。本格的な内戦状態に突入したのは1975年から90年まで、レバノン国内のさまざまな宗派グループが互いに戦いました。

シリアやイスラエル、イラン、イラクなどが介入し、対立の組み合わせもめまぐるしく変わり、泥沼化していきます。ベイルートを拠点に対イスラエル武装闘争を展開し、その武闘の中心にいたのは「ヒズブッラー」です。ヒズブッラーとは、レバノン内戦(1975-90 年)、イラン革命(1979年)、イスラエルによる(第一次)レバノン侵攻(1982 年)、という 3つの政治的事件を直接的契機として誕生した政治政党/運動組織で、国際テロ指定を受けています。1990年10月に、シリアの軍事力による武力制圧によるものです。

果たしてどうなる?レバノンの今後

レバノンは国内問題に加えて、イスラエルとレバノンの国境地帯で25日夜から、発砲や空爆を伴う衝突が続いています。
イスラエル政府と外交筋によると、イスラエルは8月4日、爆発事故以後、数時間で声明を出し、レバノンを人道的に支援するとして、国際機関を通じて、そして政治的接触を介して、これを実行すると明らかにしましたが、これをレバノン側が拒否しました。

レバノンとイスラエルの関係は、1948年、イスラエルの独立に伴い、周辺アラブ諸国からイスラエルに対して激しい攻撃が行われ、その際レバノンはパレスチナ難民10万人以上を受け入れています。これはイスラエルとパレスチナの中東和平問題と関係しており、アラブ人国家のレバノンとしてはイスラエルを敵視せざるを得ない状況と言えます。

参照:https://www.timesofisrael.com/locals-clash-with-hassidic-jews-trying-to-reach-pilgrimage-site-in-uman-ukraine/

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