インドの2020年度の予算案はインド経済を好転させることが出来るか?

インドの2020年度の予算案はインド経済を好転させることが出来るか?
2020年3月7日 PLUES
In ニュース, 政治

今回はペンシルベニア大学ウォートン校(世界的に最も高い評価を受けるビジネススクールの一つ)の配信するポッドキャストから一部抜粋です。話し手はペンシルバニア大学のインド高等研究センター(CASI)の研究員であるドゥヴリ・スバラオ氏(元インド準備銀行総裁)と、ジョンズホプキンス大学国際高等学校の南アジア研究の教授者であるデベシュ・カプール氏の2名です。

インドのニルマラ・シタラマン財務相は2月1日、2020年度(2020年4月~2021年3月)の国家予算案を発表した。2020年度の歳出総額は、2019年度(改定値)比で12.7%増の30兆4,223億ルピー(約45兆6,334億5,000万円、1ルピー=約1.5円)。歳入の中心となる税収は、8.7%増の16兆3,590億9,000万ルピーを見込む。予算上の単年度財政赤字は7兆9,633億7,000万ルピーで、GDP比3.5%となる。

2020年度予算案は「Ease of Living(生活のしやすさ)」が主題となっており、実現のための3つの柱として「Aspirational India(上昇志向のインド)」「Economic Development(経済開発)」「Caring Society(思いやりのある社会)」が掲げられた。このスローガンの下、政府は農業やインフラ開発、教育などの分野に重点を置いた。分野別の歳出は表1のとおり。農業分野は前年度比28.1%増の約1兆5,000億ルピー、都市部開発には18.4%増の約5,000億ルピーの予算がついた。最も増加幅が大きかったのはIT・通信関連分野で、前年度比3.7倍の約5,900億ルピーの支出を充てており、インドが強みを持つ同分野のさらなる強化が見込まれる。

予算案は今後、国会などでの審議を経て、2020年3月末ごろに正式に成立する見込みです。

しかし、今回の2020-2021会計年度のインドの最新の年次予算は、国が直面している経済問題の重大さを認識していませんでした。特にシムタラマンは、2年の経済減速からインドを解放する方法を見つけるという期待が高かった。ナレンドラモディ首相が2024〜2025年までに現在の2.9兆ドルから5兆ドルへと経済を拡大すると誓ったからだ。

ペンシルバニア大学のインド高等研究センター(CASI)の研究員であるドゥヴリ・スバラオ氏(元インド準備銀行総裁)は、今回の予算組みが経済の成長パフォーマンスを復活させることはほとんどないと語っています。スバラオ氏によると、インドの成長の鈍化の原因は問題が根深く、構造自体を変化させる必要があると語りました。

答えの一つは何か?それは「民間への投資」だそうです。

「予算について言えることは、決して無責任な予算ではなかったということです。」– デベシュ・カプール

ジョンズホプキンス大学国際高等学校の南アジア研究の教授者であるデベシュ・カプール氏は一方で、インドの経済的課題を乗り越えるために財政的浪費を抑えたモディ政権の功績を認めた発言をしています。特にオフバランスシート(資産や負債であっても貸借対照表に計上されないこと)に記載されている借入が財政赤字を悪化させることを認識した上で、財務大臣のシタラマン氏が過去数年よりも予算の透明性を高めていることを称賛しています。それは透明性を図らなければ、インフレサイクルが増え、経済の復興がさらに困難になるからだと指摘。

しかし、株式市場は、インドの予算案に対する失望を示しており、インド株式市場の代表的な指数である「SENSEX」と「Nifty 50」は、予算発表当日に約2.5%下落。カプール氏は、インデックスがどのように反応したかには驚いていないと述べ、元々予算に対する期待が低かったと付け加えています。カプール氏は、なぜ期待が低かったのか説明しています。それは「昨年、すべての経済指標(投資、経済成長、失業、輸出額)がgoing south(下降)している」と指摘しています。

遅い成長と失業

世界銀行が8日発表した世界経済見通し(GEP)で、インドの2019/20年度(19年4月~20年3月)の実質国内総生産(GDP)成長率を4.8%と予測した。昨年6月時点から2.5ポイント引き下げました。スバラオ氏は、インド経済が現在直面している行き詰まりの深刻さを懸念しており、彼は、過去数四半期のGDP成長率が5%未満であることから、今年「5%に近づいたらラッキーだ」と述べた。

「世界で最も急速に成長している国として自慢する権利を失っただけでなく、私たちはもはや世界のトップリーグにさえいません。」– ドゥヴリ・スバラオ

スバラオ氏は、GDP成長の停滞がインドにとって何を意味するのかをこのように説明。インド国民が信ぴょう性に欠ける神がかり的なインド経済の復興を盲目的に信じているのも要因ではないかとしてます。

続けてスバラオ氏は、インド経済の停滞に伴う犠牲者リスト=影響を列挙。まずは投資の減少。投資のピーク時には、インドの成長神話が展開されていたため国内投資額はGDPの38%にも達しましたが、現在は30%まで低下。また農業分野の苦痛は深刻と指摘。製造業と輸出指数も軒並み低下。新規雇用はほとんど創出されておらず、失業率は大きく拡大しています。「これらの現実に対し、今回の予算案がこれらの根深い構造的問題のいくつかを解消するとは思わない。」

予算には、政府は農業やインフラ開発、教育などの分野に重点を置く、外国資本を誘致するいくつかの措置など、いくつかのプラス面がありました。しかし、スバラオ氏は、これらもインド経済が直面する問題に対する適切な対応とは見なしていません。なぜなら雇用創出を担うMSME(「Micro, Small & Medium Enterprises」の略で、中小零細企業のことを指す)のために貢献してないではないか」と非難。

問題の渦中にある金融セクター

カプール氏は、金融部門が直面している課題について今回の予算案の中でしっかり課題を認識し、前進する道を提供して欲しかった述べています。現時点では農業や製造業など複数の分野における投資額は減少し、経済を復活させる新規投資先も見当たらず。非銀行の金融セクターは資金不足に陥り、企業の借り手は最早借り入れ過多で借入は伸び悩む状況になっています。

政府は2016年の倒産および破産法などの措置を講じて、そのような状況から抜け出す方法を見つけようとしました。この時インド政府は、公的銀行を資本増強することで、貸出の増加が見込めるとしていました。しかし過去2年間で2.1兆ルピー(320億ドル)が既に割り当てられているのに大きな成果が望めていません。

合わせてスバラオ氏は、今回の予算案が「双子のバランスシート問題」に対処しなかったことと認識。双子のバランスシート問題とは、企業の負債が多く、銀行が不良債権に悩まされている状況のことで、これに対処することが望まれるが、残念ながらモディ政権にはしっかりした戦略が無いとされています。政府も多額の資金を抱えており、双子のバランスシートの問題が悪化していて、財政上の制約が非常に厳しく、支出配分をどうするかの課題がありますととスバラオ氏は述べています。

カプール氏は、政府が公的銀行に資金を送り続けることはおそらくできないだろうと予想しており、これは公的銀行がガバナンス改革をしない限り収益性や貸出増加などはできないかもしれないと述べています。
日本でも金融機関のガバナンスの問題は度々指摘されており、古い慣習に囚われず、新しいビジネスモデルの改革が求められていますが、インドも独自のガバナンス慣行が有する問題点を解決しなければいけない中で、これをクリアすることは現状厳しいとしています。これは銀行側に改革して国を良くしようという強い意志がないのではないかと思います。

部門売却への懸念

予算は、政府が保有する株式を銀行を含む公的部門の企業へ売却することにより300億ドルを調達するという野心的な計画に着手してます。これらのエンティティには、インドの生命保険公社(LIC)とエアライン、国営航空会社が含まれます。これをすることで政府は資金を調達でき、これら国有的な企業は体質をより健全化して競争的にする狙いがあるとのことです。しかしこれについてもカプール氏は「民間に売却しただけでこれらの機関のガバナンスを根本的に変更できるかは疑問」と指摘。さらに、これらの売却収益は、インフラストラクチャなどの生産的な投資ではなく、給与や年金などの非生産的な支出に費やされるのではないかと心配しています。

消費支出の増加

インドでの過去1年間の消費支出の減少は、商品とサービスの需要の深刻な不足を示していました。今回の予算は、中産階級の可処分所得を増やすことを目的とした税控除で消費支出を増やそうとしました。予算においては、「新しく簡素化された個人税制度」を発表し、納税者は以前の制度に固執するか、新しい制度に切り替えるかを選択できます。

消費を増やすために減税は必要でも十分でもありません。– ドゥヴリ・スバラオ氏

カプール氏は、消費者需要を押し上げるのに役立つ2つの大きな予算配分に注目しています。一つは農民への所得移転プログラムへの107億ドル、それとマハトマ・ガンジー全国農村雇用保証法(MGNREGA)に基づくプログラムのための88億ドルは、農村部の民衆の購買力を促進する要因になり得ると期待しています。

これらはいずれも農家に注目した施策ですが、カプール氏は、中産階級よりも農家を含めた低所得層と貧困層をターゲットとする方が理にかなっているとしています。スバラオ氏の見解では、減税はおそらく効果的ではないと指摘。なぜなら今の時点で所得税のベースがかなり低いため、これ以上個人の減税をしても効果は薄いと感じているようです。個人所得税の徴収額は、昨年4.7千ルピー(671億ドル)に達しました。これは、2019年のGDPの2.5%です。「消費を増やすことにフォーカスするのであれば、低所得者に配分を増やすことが必要。」

農業部門への投資は?

シタラマン財務大臣は農家の所得を倍増させる計画でいる中で、農業セクターに対する根本的に見方を誤っているとカプール氏は指摘しています。まず、労働力の60%近くを雇用している農業セクターは、政府の間では農業は経済発展に寄与できるという認識は薄く、農家はリスクを冒す起業家とは見なされていないようです。農業は福祉のような扱いである、とカプール氏。確かにインドの農業は国内GDPの約15%しか貢献していないが、労働力の60%近くを雇用している状況からも、これらを軽視して経済的な発展をさせないということは勿体無いとしてます。

これらの誤認識に加えて、インドの農業部門は手ごわい問題に直面しています、とサバラオ氏。 「まず農業設備における貧弱な基盤、不適切な信用市場、歪んだインセンティブおよび農業部門への投資を抑制する法律など、これらの問題は多く、深刻な問題であり、予算の前にこれらの環境整備を整えないと農業の発展はないと指摘。

財政赤字は大丈夫?

サバラオ氏の予想では、今後政府は公共投資を増やすために借入を行い、財政赤字を増やす可能性がある。今後2年ごとに0.8パーセント増加され、財政赤字を4.3に引き上げるのではないかという懸念です。(日本では毎年の財政が赤字で借金(長期債務残高)が900兆円にも上っていますが…)

実際借入を増やしたところで、現実は州の財政パフォーマンス、インド全体の収入を増やす施策が見いだせていないこと、民間企業内での債務の増大、投資の減少から、今後より財務は悪化すると予想。

2024年までに5兆ドルの経済になる、2022年までに農家の収入を2倍にする、数百万の仕事を創出、輸出大国….これらを達成する意味でも、インドがビジネスを行うための有望な場所であるというメッセージを世界に発信していかなければならない状況下で、政府はこれらの経済及び構造的な問題は明日好転させるものではなく、長期的な辛抱が必要であるという認識を示しています。

世界の経済大国になり得るインドですが、まだ大国になるには険しい道のりのようです。

SubbaraoとKapurは、最近の会話でインドの予算についてKnowledge @ Whartonと話しました。このページの上部にあるポッドキャストを聞いてください。)