ニジェールで2023年7月、アフリカ西部のニジェールで、モハメド・バズム大統領の治安維持対策を不満として、大統領警護隊兵士らが反乱を起こしました。同日、クーデターを主導したアマドゥ・アブドラマン大佐は国営テレビ放送を通じて、バズム大統領の退陣と、「祖国防衛国民評議会(CNSP)」の樹立を宣言するとともに、憲法の停止、政府と議会の解散、陸路・空路の国境封鎖、夜間外出禁止令を発表しました。
このようなクーデターはなぜ起こったのか、これは何を意味するのか、ニジェールの歴史を紐解きながら解説します。
事の顛末
7月28日に、クーデターを首謀した大統領府警護隊司令官であるアブドゥラハマネ・チアニ将軍が「祖国防衛国民評議会(CNSP)」の首班であることを宣言し、「バズム政権下で助長された治安悪化や失政に対処するため軍事政権を樹立し、ニジェールに正しい統治を復活させる。ニジェールが締結した国際協約は全て順守する」とする声明を発表してます。
バズム大統領は大統領警護隊に拘束され、それに対してアフリカ連合平和・安全保障理事会は7月28日、緊急会合を開き、クーデターを起こした軍部に対して即時、無条件で兵舎へ戻り、遅くとも15日以内に憲法秩序を回復するよう通告しています。西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)は7月30日、ナイジェリアの首都アブジャで臨時首脳会議を開催し、加盟国によるニジェールとの貿易・金融取引を停止すると発表するとともに、10日以内に憲法秩序を回復しなければ軍事介入の可能性もあると警告。国連のアントニオ・グテーレス事務総長やEUをはじめ、サヘル地域のテロ掃討でニジェールに派兵するフランスや米国など、国際社会はクーデターを強く非難。EUと米国は、ニジェールへの財政支援や安全保障分野の協力を停止することを通告した。
一方、CNSPは、ECOWASがアフリカ諸国や特定の西側諸国と協力して、ニジェールへの軍事介入を意図しているとして非難した。現地報道によると、首都ニアメでは、クーデター直後に軍部を支持する市民の一部が暴徒化し、政権与党本部の建物や付近の車が放火されるなどしたが、状況は落ち着きを取り戻し、商店や市場、銀行などは営業を続けている。他方、集会禁止令にもかかわらず軍を支持するデモが散発的に発生しており、30日には、フランス軍主導のテロ帰討に抗議する市民運動がロシアの国旗を振りながらデモに加わった。ニジェールでは1960年のフランスからの独立以来、クーデターが4度起き、クーデター未遂も数多く発生している。近年、隣国マリやブルキナファソに跨る地域で、イスラム過激派が勢力を拡大し、治安悪化が深刻化している。こうした中、マリとブルキナファソでもここ数年、政府のテロ対策を不満とした軍事クーデターが相次ぎ、これら諸国はロシア寄りの姿勢を強めている。ニジェールは、フランス、米国など欧米諸国との連携を重視してイスラム過激派対策を進めていただけに、政治的な混乱によって地域のさらなる不安定化につながることが懸念されている。
なぜクーデターが起きたのか?
BBCの、Niger coup: Why some people want Russia in and France outで紹介されている内容をかいつまんで説明しますと、
ニジェールの旧宗主国はフランスであり、今でもフランスとの結びつきがある国です。拘束されたバズム大統領は、2021年に就任。1960年の独立以来初の民主的な選挙で選ばれ、平和的な権力移譲が実現しました。
しかしバズム政権は、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」や「アルカイダ」につながる武装組織の標的となったのです。こうした組織は、サハラ砂漠の一部や、サハラ砂漠南縁部に広がる半乾燥地域「サヘル」で活動していて、隣国のマリとブルキナファソでは近年、イスラム主義者の圧力を受け、ジハーディスト(イスラム教聖戦主義者)との戦いを助けるとして軍部が政権を握っています。
両国ともかつてフランスの植民地で、フランスと大きな利害関係がある国です。両国ではニジェールと同様、かつては多くのフランス軍が駐留して援助をしていましたが、イスラム主義者の攻撃が続く中でイスラム主義者に対抗するための対応が不十分だと、フランスを非難するようになり、反仏感情が高まったとされてます。マリは軍事政権が成立すると、まずフランス軍を追い出し、数千人規模の国連の平和維持部隊も撤退させ、そして、ロシアの雇い兵組織「ワグネル」を迎え入れています。マリでのイスラム主義者の攻撃は続いているが、ブルキナファソの軍事政権もロシアと接近し、フランス軍を追放しています。ニジェールでは、バズム政権が反仏抗議運動を何度も禁止していて、2022年半ばに、マリから追放されたフランス軍のバルカン部隊について、バズム政権がニジェール国内への再配備を許可した際には、いくつかの市民団体が反仏抗議を加速させています。
しかし、このようなイスラム過激派勢力からの圧力に屈する形で軍事行動を起こし、今回のクーデターにつながったと見られています。
ニジェールの国データ
ニジェールの人口は2440万人。国土は126.7万平方キロメートル(日本の約3.3倍)。
首都ニアメ(Niamey)で、主要な民族はハウサと呼ばれる民族で全人口半分以上を占めますが、その他にもジェルマ(ザルマ)、プル(フルベ)、トゥアレグなど、複数民族がよき隣人として共に暮らしています。中でも砂漠地帯に暮らすトゥアレグは、ターバンを巻き青い民族衣装を纏っているため「青衣の民」として知られ、ラクダに乗って砂漠を旅するその姿は印象的です。言語はフランス語(公用語)、ハウサ語等。宗教はイスラム教、キリスト教、伝統宗教、無宗教さまざまです。
主な産業はウラニウムの生産と農牧業です。ニジェールはウランの埋蔵量が全世界5位(2019)で、近年の原子力発電の需要増に伴いニジェールのウランを巡ってフランス、中国、カナダ等が採掘権を得て新たな鉱山の開発を行っています。農牧業では畜産と玉ねぎの生産が盛んで、近隣国(ベナン、ナイジェリア、コートジボワールなど)に輸出されています。
一人当たりGNI(Gross National Income)は610米ドル(2022年 世銀)。国民総所得のことでGross National Incomeの略で、個人や企業が国内外で得た所得の総額を示し、国内で生み出された付加価値の合計額を表す国内総生産(GDP)に海外からの所得(雇用者報酬や投資収益などの所得)を加えたもの。従来の国民総生産(GNP)に代わって導入されたものです。1人あたりの国民総所得(GNI)の多い国・地域としてはスイスの83,803米ドルなどがある。日本は40,000米ドル。主要貿易相手国(2022年、ITC) (1)輸出 フランス、マリ、ナイジェリア (2)輸入 中国、フランス、インド。
国名はラテン語で「黒い」の意味だそうです。
5人に2人が、1日に2.15ドル(約308円)以下で暮らす極度の貧困状態にある。
外交方針
非同盟中立を標榜しつつ、近年の厳しい経済状況を背景に旧宗主国であるフランスをはじめ、米国、独、日本等主要先進諸国との関係緊密化に努力。1992年に中国と断交して、台湾との国交を再開したが、1997年には中国と国交再開(台湾断交)。
ニジェールに一層の開発協力や投資を呼びこむため、政策の透明性向上に努め、ドナー国・機関に対し、協調的な政策をとっている。更に、不安定化する地域情勢に鑑み、治安・テロ対策に関し、欧米諸国等と協調関係を強化している他、国連マリ多面的統合安定化ミッション(MINUSMA)への派遣や、ボコ・ハラム掃討のために軍事的取組を行う等、域内協力を進めている。
ニジェールの歴史
19世紀末にはイギリスとフランスが進出し、植民地時代に。その後1958年には自治国となり、1960年8月3日に共和国として独立。
1960年の独立後、クーデターによる政変を経て、1989年、サイブ最高軍事評議会議長が初の共和国大統領に選出され、民政移管。1993年、マハマヌ・ウスマン社会民主会議(CDS)党首が選挙で大統領に選出されたが、同大統領の政治基盤は弱く、政局は不安定化、1996年、1999年とクーデターが繰り返されています。
その後民主化プロセスが進められていた最中、2009年8月、当時現職だったママドゥ大統領の任期延長及び大統領の三選禁止規定の廃止を含む新憲法が国民投票により採択され、公布されると、2010年2月、軍部は同大統領を拘束。サル・ジボ民主主義復興最高評議会議長が「暫定国家元首」に就任したが、2011年3月、大統領選挙第2回投票が行われ、イスフ・マハマドゥ氏が大統領に選出され、民主政治が回復されています。
その後2020年12月、大統領選挙第1回投票、2021年2月、同決選投票が行われ、イスフ大統領の後継指名を受けたバズム与党候補が55.66%の得票で当選し、同年4月に就任式を実施しました。
現状のニジェール
AFP通信によりますと、西アフリカ・ニジェールの首都ニアメーで2日、旧宗主国フランスの駐留部隊撤退を要求する数千人規模の抗議集会が開かれた。7月にクーデターを起こした軍部隊も仏軍の撤退を求めているようで、集会は仏軍駐留に反対する複数の民間団体の呼び掛けに応じ、仏軍駐屯地の近くで行われています。参加者は「仏軍は出ていけ」などと書かれたバナーを掲げています。ニジェールには約1500人の仏軍部隊が駐留しています。
これに対し、クーデターが起きたアフリカ西部・ニジェールについて、EU=ヨーロッパ連合の外相にあたるボレル外交安全保障上級代表は、制裁の準備を進めていることを明らかにしました。
また、先述したクーデターが頻発するサハラ砂漠南部のサヘル地域では、ロシアの民間軍事会社ワグネルが影響力を強めているともされており、創設者エフゲニー・プリゴジン氏は搭乗機墜落で死亡したと伝えられるが、アフリカにおいてワグネルはすでに「エコシステム」として機能しており、活動は継続される公算が大きい可能性が示唆されています。サヘル諸国としては、西部からモーリタニア、セネガル、マリ、ブルキナファソ、ニジェール、チャド、があげられるが、東部のエチオピアやスーダンを含む事もあります。
今後サヘル地域中心にワグネルおよびロシアの影響が強まる地域で、ニジェールのようなクーデターが起こる可能性も否めません。